子ども!仕事!親!医療ソーシャルワーカー苦悩の日々

41歳医療ソーシャルワーカーです。仕事に関わる情報を皆さんと勉強できれば!

ACP~アドバンス ケア プランニング~ どう生き、どう死にたいか

「どう生きて、どう死ぬか」

人は必ず死にます。

2025年時点、不老不死に至る方法は見つかっていませんし、エリクサーのように万病に効く薬も開発されていません。

明日死ぬかもしれないし、10年後に死ぬかもしれない。

これは誰にも避けて通れない道です。

 

死に至る直前、多くの人は意識がありません。

意識が無い=自分の意志を伝えることが出来ない。

自分の意見がはっきり言えるうちに「これからの治療や介護についてどうしたいか」を前もって考える。

そして話すことが出来なくなったとき、伝えて貰えるように事前に親族や関係者へ話しておく。

それが「ACP(エー・シー・ピー)」、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)です。

 

〇 具体的に何を話し合う?

① どんな治療を受けたいか、受けたくないか(延命治療、透析、胃婁など)

② 最期をどこで過ごしたいか(家?病院?)

③ 何を大切にしたいか(痛みをとる、家族と過ごす、家で死ぬなど)

 

医療ソーシャルワーカー目線で言うと、この3つが大きなポイントになります。

それぞれ見ていきましょう。

① どんな治療を受けたいか、受けたくないか

個人の価値観によって、捉え方は大きく変わります。

・人工呼吸器は使って欲しいが、心臓マッサージはいらない

・口から食事が出来なくなった時点で、経管栄養も胃婁も希望しない

・意識があるうちは全部して欲しい。意識が無くなれば何もしてほしくない 等々

 

人は漠然とでも、何かしらの死生観を持っています。

しかし近しい家族や関係者に伝えていない場合、それが反映されません。

 

急に病院へ搬送された時、あなたの意識が無いとしましょう。

家族はあなたの死が目前に迫った時、死に近づく選択肢を積極的に取れません。

(疎遠・関係性が非常に薄い等を除く)

意識が無いから食事が出来ない。意識が戻る可能性は低い。

① 経管栄養で鼻からチューブを入れて栄養を入れなければこのまま死ぬ

② 栄養を入れれば生命活動は維持できる

 

この状況になった際、ACPを事前に話し合っていなければ、家族が「自分の選択で死に向かう」①を選ぶことは非常に困難です。

間接的に死を容認する選択。

家族が自分だけの意見で決めるのは荷が勝ちすぎます。

しかも往々にして、こういった状況になった場合、考える時間は非常に限られます。

死に際を自分で選びたい、家族に無理な選択肢を迫りたくない。

そう考えるのであれば、しっかり意思表示が出来るうちに言葉や書面で伝えましょう。

それが自分、家族のためにもなります。

 

② 苦しくなったとき、どう過ごしたいか

いわゆる「どこで死にたいか」です。

難しく考える必要はありません。「家か家以外か」です。

住環境、家族の介護力、必要最低限の医療体制など。

クリアする条件は多々ありますが、それが整った場合に最後をどこで迎えたいか。

医療ソーシャルワーカーは最大限、それが叶うように動きます。

家族の意向があるので本人の意見だけでは決まりませんが、選択する材料にはなり得ます。

 

③ 何を大切にしたいか

・痛みを少なくして欲しい。

・家族との面会が多く出来る施設に入りたい。

・生まれ育った地域の施設で死にたい。

 

痛みを少なくして欲しいなら、疼痛緩和が出来る病院を探します。

面会を多くしたいのであれば、面会の頻度や時間が多く取れる施設を探します。

生まれ育った地域の施設を希望する場合は、指定された地域を中心に施設を探します。

何も希望が無ければ、あなたの意見は考慮されずに決まります。

大事にしたい「もの」があれば、必ず伝えておきましょう。

 

まとめ

  • どう生きて、どう死ぬかを元気なうちに考える

  • 家族や関係者に事前に伝えておく

  • 伝えた家族、関係者と良好な関係を築いておく

どうにもならないこの世の中。

生き様、死に様ぐらいは選びたい。

譲れない価値観があるのであれば、それを元気なうちに伝えておきましょう。

価値観は変わるので、定期的に見直すことをお薦めします。

家族に多大な負担が生じる案は、ダメですよ。

単純に嫌われます。娘、息子が全部介護する!!などは論外です。

自分の意向と家族の生活とすり合わせた案がベストです。

さぁ、元気なうちにノートに書いてみませんか?

自分で言いましょう。